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東京地方裁判所 平成4年(ワ)12461号 判決 1993年12月20日

原告 三豊恒産株式会社

右代表者代表取締役 土屋七三

右訴訟代理人弁護士 重田九十九

同 安西勉

被告 三洋証券株式会社

右代表者代表取締役 土屋陽一

右訴訟代理人弁護士 増澤博和

同 吉村正貴

同 菊島敏子

同 菊島敏子

主文

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

1. 被告は、原告に対し、一〇億一六一八万三〇〇〇円(予備的請求六億八九一〇万九三〇〇円)及びこれに対する平成四年三月二六日から支払済みに至るまで年六分の割合(予備的請求年五分の割合)による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二、被告

主文と同旨の判決を求める。

第二、当事者の主張

一、原告の請求の原因

1. (本件信用取引)

原告は、平成三年九月一九日から同月二五日までの間、東京証券取引所の正会員たる証券会社である被告との信用取引によって、前後七回にわたって、別表一記載のとおりの月日に同表記載のとおりの単価、株数、条件等により、代金合計一二億三〇二八万円で明治製菓株式会社(以下「明治製菓」という。)の株式合計九〇万株(以下「本件株式」という。)の買付けを行った(この取引を以下「本件信用取引」という。)。

そして、被告は、本件信用取引を決済するため、本件信用取引の各返済期限経過後の平成四年三月二七日、東京証券取引所受託契約準則六〇条一項の規定に基づいて、本件株式の株受け(現引き)をし、さらに、同年四月六日から同年五月八日までの間、前後二三回にわたって、同準則六〇条二項の規定に基づいて、原告の計算において、別表二記載のとおりの月日に同表記載のとおりの単価、株数、条件等により、代金合計六億〇三八一万七〇〇〇円で本件株式の売付けを行った。

2. (被告の責任)

(一)  被告赤坂支店の支店長桑村栄(以下「訴外桑村」という。)及び同従業員赤石学(以下「訴外赤石」という。)は、本件信用取引に先立つ平成三年九月一八日、原告の本店に赴いて、原告の代表取締役土屋七三(以下「原告社長」という。)に対して、「明治製菓の株価は、遅くとも半年後の返済期日までには間違いなく一株一八〇〇円までは値上りする。一〇〇パーセント保証する。」などと述べて、執拗かつ強力に明治製菓の株式の買付けを勧誘し、原告社長が「そこまで値上りすることが確かでなければ買わない。」と応答したところ、「絶対大丈夫であるから買え。」などと述べた。

原告社長は、訴外桑村及び同赤石の右の言を信用して、明治製菓の株式の買付けをすることとし、本件信用取引を行ったものである。

ところが、明治製菓の株価は、その後、一向に値上りすることがなかったばかりか、かえって一方的に値下りを続けて、本件信用取引の各返済期限前後においては、遂に原告の買値の半値前後にまで下落してしまったものである。

(二)  このように、訴外桑村及び同赤石は、原告社長に対して、明治製菓の株価が一株一八〇〇円まで値上りすることを保証する旨を述べて、それが実現しなかった場合にも、被告がそれと同様の利益を保証して原告にこれを支払う旨を約したものである。

また、仮に右のような合意が認められないとしても、訴外桑村及び同赤石は、株式市況についての知識・経験に乏しく、株式買付けの意思のなかった原告社長に対して、明治製菓の株価が確実に値上りする旨の断定的な判断を提供するなどして、執拗かつ強力に明治製菓の株式の買付けを勧誘して、本件信用取引を行わせたものであって、訴外桑村及び同赤石の所為は、証券会社の従業員が顧客に対して行うことを許された勧誘の範囲を著しく逸脱した違法なものであり、不法行為を構成する。

3. (結論)

よって、原告は、被告に対して、主位的には、前記の利益保証契約に基づき、明治製菓の株価が一株一八〇〇円に値上りした場合に原告が得ることのできた利益一〇億一六一八万三〇〇〇円((900,000株×1,800円)-603,817,000円)及びこれに対する平成四年三月二六日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求め、予備的には、被用者の不法行為による使用者責任として、原告が本件信用取引によって被った損害六億二六四六万三〇〇〇円(1,230,280,000-603,817,000)及び弁護士費用相当額六二六四万六三〇〇円の合計六億八九一〇万九三〇〇円並びにこれに対する右同日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因事実に対する被告の認否

1. 請求原因1(本件信用取引)の事実は、認める。

2. 同2(被告の責任)の事実中、訴外桑村及び同赤石が平成三年九月一八日に原告の本店に赴いて原告社長に対して明治製菓の株式の買付けを勧誘したこと、明治製菓の株価がその後値下りを続けて、各返済期限前後には買値の半値前後にまで下落していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

訴外桑村及び同赤石は、平成三年九月一八日当日、原告社長に対して、株式市況の一般的な状況、明治製菓の株価の動向の見通しなどについて説明し、明治製菓の株式の買付けを勧誘したが、その際、原告社長が「明治製菓の株価が一株三五〇〇円から四〇〇〇円くらいにならないか。」と話したので、これを否定する趣旨で、「三五〇〇円とか四〇〇〇円という話はともかく、一八〇〇円前後であれば値上りしてもおかしくはない。」と述べたことがあるにとどまる。

また、原告社長は、昭和六二年一月頃から被告(赤坂支店)との取引を開始して、株式の現物取引及び信用取引はもとより、株式先物取引、株価指数オプション取引等の投機性の高い取引を行い、取引回数も多数回に及び、投資金額も億単位であることもまれではなかったのであって、これらの豊富な取引経験によって、証券取引に精通していたものである。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、請求原因1(本件信用取引)の事実並びに同2(被告の責任)の事実中訴外桑村及び同赤石が平成三年九月一八日に原告の本店に赴いて原告社長に対して明治製菓の株式の買付けを勧誘したこと及び明治製菓の株価がその後値下りを続けて本件信用取引の各返済期限前後には買値の半値前後にまで下落していたことの各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二、そして、右争いがない事実に甲第一号証、甲第二号証、乙第一号証、乙第二号証一ないし四、乙第三号証一ないし二四五、乙第四号証ないし第六号証、証人桑村栄の証言、原告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨を併せると、次のような事実を認めることができる。

1. 原告は、不動産の賃貸、仲介等を目的とする資本金四二〇〇万円の同族会社であるが、昭和六二年頃以降、被告のほか、大手、準大手、中小又は外資系などの数社の証券会社を通じて証券取引を行い、これによって資金の運用をしていた。

被告赤坂支店の支店長である訴外桑村又は原告担当の被告従業員である訴外赤石は、かねてから、大口の取引先である原告に対して、証券取引の業界紙数紙を毎日届けるなどしていたほか、時に原告の本店に赴いて、投資情報を提供したり、投資の勧誘を行うなどしてきた。

2. 原告は、このようにして平成三年九月頃まで被告との取引を継続し、この間、短期投資を目的として株式の現物取引及び信用取引、株式先物取引、株価指数オプション取引等の取引を反覆継続して行い、その場合の一回の投資金額も時には数億円にも達するほどの大口の取引を行ってきた。

もっとも、当時の株式市況は、日経平均株価が平成元年一二月二九日の三万八九一五円から平成二年一〇月一日の二万〇二二一円まで暴落した後、平成三年三月一八日に二万七一四六円まで反騰し、その後再び低落傾向にあるなどの状況にあったものであって、原告は、これらの証券取引によって多額の含み損を抱えたままの状態にあった。

3. このような中にあって、東京証券取引所一部上場の明治製菓の株価は、読売新聞及び日経産業新聞が平成三年八月二一日及び二二日に明治製菓が国立がんセンター研究所などとの共同研究によってがん抑制遺伝子を活性化する作用を持つ抗生物質を発見したとの新聞報道をしたのをひとつの材料として、同年七月九日の六一五円を底値として、同年八月下旬から急騰するに至り、同月三〇日には八四五円、同年九月一一日には一〇一〇円、同月一八日には一三一〇円の高値を示現するなどしていた。

4. 訴外桑村及び同赤石は、平成三年九月一八日、原告の本店に赴いて、投資情報の提供、投資の勧誘等を行ったが、その際、公定歩合等の金利及び日経平均株価の動向などについて原告社長と互いに意見を述べるなどした後、急騰を続けている明治製菓の株式に話が及び、原告社長に対して、株式市況が低迷している地合においては前記のような材料のある明治製菓のような材料株が高騰することが多いこと、明治製菓の株式の貸借倍率が一・四倍前後にまで接近してきていて、取組状況ないし需給関係が良好であることなどを資料に基づいて説明したうえ、過去に同様の値動きをした株式の例などを挙げて、明治製菓の株価も短期間の内に一八〇〇円程度まで値上りする可能性が強いことを告げて、明治製菓の株式の買付けを勧誘した。

これに対して、原告社長は、過去の証券取引等を通じて得た自らの相場観に基づいて、質問をしたり意見を交換するなどしたが、結局は、訴外桑村及び同赤石の右のような意見に賭けることにして、翌日の平成三年九月一九日に一株一三七〇円で一〇万株の明治製菓の株式を買い付けたのをはじめとして、同月二五日までの間に一株当たり一二九〇円から一四〇〇円で合計九〇万株の明治製菓の株式を買い付けて、本件信用取引を行った。

5. ところが、明治製菓の株価は、平成四年九月一九日及び二〇日に一時的に買値を上回る一四一〇円ないし一四二〇円の高値を付けたことはあったものの、その後はほぼ一貫して値下りを続け、本件信用取引の各返済期限においては七〇〇円前後にまで下落した。

原告社長は、この間、明治製菓の株価の右のような動向に照らして、反対売買による差金決済をすべきか、本件株式の株受けをすべきかに迷って、再三にわたって訴外桑村又は同赤石に対して明治製菓の株価の動向ないし予測を質問するなどしていたが、明治製菓の株価が右のとおりほぼ一貫して値下りを続けていたためにその機を逸して、結局、そのまま本件信用取引の各返済期限を迎えることになった。

三、以上の認定に反して、原告代表者は、原告としては、当時、証券取引による多額の含み損を抱えており、また、相場の回復も望めそうになかったので、新たに株式等を買い付ける意思は全くなかったが、訴外桑村及び同赤石が「明治製菓の株価は、間違いなく二二〇〇円、少なくとも一八〇〇円までは値上りする。これは保証する。」、「一八〇〇円までは保証する。」などと述べたために、明治製菓の株価が一株一八〇〇円まで値上りしなかった場合には、被告において右の額まで値上りしたのと同様の利益を保証して原告にこれを支払ってくれるか、一株一八〇〇円で本件株式を引き取ってくれるものと考えて、本件信用取引を行ったものである旨を供述し、甲第一号証及び甲第二号証中にも、これと同趣旨又はこれに副った記載がある。

しかしながら、証人桑村栄の証言及び弁論の全趣旨によれば、平成三年六月に一部の証券会社が特定の顧客に対して損失の補てんを行ったとの報道がなされて以来、証券各社による多額の損失補てんなどの問題が明るみに出るなどして、ひとつの社会問題になっていたことが認められるのであるから、訴外桑村及び同赤石が右のような時期に真実顧客に対して証券取引による利益を保証する趣旨で右のような言辞を軽々に発したとは考えられないし、他方、甲第二号証及び原告代表者尋問の結果によれば、原告社長も、それまでの証券各社との取引において、証券会社の担当者から必ず値上りするからとして勧められるままに株式等の売買を繰り返したが、結局は所期の利益を挙げることができないことが多く、証券会社の担当者のもたらす株価予想が所詮はひとつの予測に過ぎないものであって、あてになるものではないことを十分に知っていたことが認められるのであって、これらの事実に照らすと、訴外桑村又は同赤石が明治製菓の株式の買付けを原告社長に勧誘する過程において「保証する」といった言辞を発したとしても、それは当該株式の株価が値上りするものとの自己の判断を強調するための単なる言葉の綾に過ぎないものであり、原告社長も、これをそのようなものとして受け止めていたことは明らかであって、これによって原告の主張するような利益保証契約が成立したものということはできないし(仮に右のような契約が成立したとしても、その効力には別個の問題がある。)、原告社長も、被告が利益を保証する旨を約したが故に本件信用取引を行ったというものではなく、結局、自己の判断において、明治製菓の株価が一定額まで値上りするものとする訴外桑村及び同赤石の意見に左袒しこれに賭けることにして、本件信用取引を行ったものと認めるのが相当である。このことは、先にみたとおり、原告社長がその後反対売買による差金決済をすべきか本件株式の株受けをすべきかに迷って、再三にわたって訴外桑村又は同赤石に明治製菓の今後の株価の動向を質問するなどしていることに照らしても、明らかなところである。

四、ところで、およそ証券取引は、本来的に危険を伴う取引であって、証券業者が顧客に提供する情報等も不確定な要素を含み予測や見通しの域を出ないことが多いのが通常であるから、投資家自身において当該取引の危険性を自らの判断と責任において行うべきものである。

しかし、このように証券取引が投資家の自己責任で行われるべきものであるということは、証券会社の行う投資勧誘がいかなるものであってもよいことを意味するものではなく、証券市況に影響を及ぼす高度に技術化した情報が証券会社等に偏在する一方で、大衆投資家の多数が証券市場に参入している状況下においては、証券取引の専門家としての証券会社の助言等を信頼して証券取引を行う投資家の保護が図られるべきこともいうまでもないところであって、証券会社又はその使用人は、投資家に対して、虚偽の情報又は断定的情報等を提供するなどして、投資家が当該取引に伴う危険性について正当な認識を形成することを妨げるようなことを回避すべき注意義務があるのであり、証券会社又はその使用人がこれに違背したときは、投資家の職業、年齢、財産状態及び投資経験、その他の当該取引がなされた特定の具体的状況の如何によっては、違法に投資勧誘を行ったものとして不法行為を構成し、証券会社又はその使用人は、このような違法な投資勧誘に応じて証券会社と当該取引をして損害を被った投資家に対して、債務不履行又は不法行為による損害賠償の責めを負うものと解するのが相当である。

これを本件について検討すると、確かに、訴外桑村及び同赤石は、原告社長に対して、明治製菓の株価が短期間の内に一八〇〇円程度まで値上りする可能性が強いことを告げて、明治製菓の株式の買付けを勧誘したものであり、そこで明治製菓の株価が値上りすることを「保証する」とか「少なくとも一八〇〇円までは値上りする」などとの言辞を用いたものとすれば、およそ不確定な要素を含み、単なる予測や見通しの域を出るものではない株価予想をあたかも断定的なものであるかのように原告社長に提供したものであるかの如くである。

しかしながら、訴外桑村及び同赤石は、未だ一般的には知られていないような材料や手口などの情報によってではなく、明治製菓にはがん抑制遺伝子を活性化する作用を持つ抗生物質を発見したとの材料があること、当時のような弱含みの地合においてはこのような材料株が高騰することが多いこと、明治製菓の株式の貸借倍率など、既に公開されて一般的に知られている情報や株価の動向に関する過去の経験則などに基づいて株価を予想して、原告社長に対して、明治製菓の株式の買付けを勧誘したに過ぎないものであって、それは、しばしば株式情報誌の記事等にみられるこの種の株価予想の記述と大差のあるものではないというべきであるし、他方、原告社長も、先に認定したとおり、大衆投資家というよりは、事業法人の代表取締役としてそれまでに多額の資金を証券投資によって運用し、これらの過去の証券取引等を通じて自らの相場観を持っていたものであり、訴外桑村及び同赤石のもたらした株価予想も、結局は不確定な要素を含んだ予測や見通しの域を出るものではないことを知りながら、自己の判断において訴外桑村及び同赤石の株価予想に同調することにしたものであって、そうであるとすれば、原告社長が訴外桑村及び同赤石のもたらした情報や勧誘によって本件信用取引に伴う危険性について正当な認識を形成することを妨げられたものということはできない。

したがって、訴外桑村及び同赤石の所為が違法な投資勧誘として不法行為を構成する余地もないものと解するのが相当である。

五、以上によれば、原、被告間において本件信用取引についての利益保証契約が成立したことを前提とし、あるいは、訴外桑村及び同赤石の所為が不法行為を構成することを前提とする原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上敬一)

<以下省略>

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